"飛べるかどうかを疑った瞬間に、君は一生飛べなくなる。"
ハッとしました
昨日地震があった
小学生の頃に震災を経験したから
その恐ろしさは覚えている
人と自然はひとつ
大地があれだけ大きく揺れたなら
人の根っこも揺れて当然
そっか
そういうことか
ちょっと腑に落ちた
こういうときこそグラウンディング
地に足をつける
なんだか最近
手の感覚が変わってきたかもしれません
日々の練習をはじめてから
1年と2ヶ月
通算150回を過ぎたあたりの出来事
とらえどころの無い時期が長かったから
まだ自分の感覚を信じられないけど
確かに前とはすこしちがう気がする
微かだけど
自分の中で感じるものがある
子どもがある日急に言葉を話し出すように
何か物事を習得するときって
そんな感じなのかもしれない
ザルのように思えた私の感覚も
すこしずつすこしずつ
溜まっているものがあったのでしょうか
誰とも比べることのできない
自分の感覚
手とにらめっこの日々
信じてあげたいけど…
もうすこし様子見です 苦笑
今日は急遽
マーク先生のヨガ哲学のクラスに
参加させていただきました
言葉よりも体で感じる方が多くて
不思議な感覚でした
英語だから通訳で話されるまで
分からないはずなのに
その前に体は感動しているというか
喜んでいるというか
だからこそ
今日新たにやろうと決めたことがあります
自分ときちんと対話できていたら
自分の前に自ずと道しるべが見えてくるそうなので
ちゃんと対話をする時間を
とろうと思います
きっと
鍼灸を深めることにもつながるはず
マーク先生が話された言葉の中に
本質に近づくためには
結果が現れるまで時間がかかることもあるけれど
ひとつのことを続けていくことが大切
というようなことがありました
これは瞑想について話されたことだったんだけど
私の中では鍼灸に自動変換されました
鍼灸にも様々な治療方法がありますが
私は器用ではないので
ひとつのことに集中しています
それでいいんだと思えたので
ありがたかったです
行ってよかった
今日は久しぶりに何もないお休みの日
外は雨
ずーっと雨
晴耕雨読とはよく言ったもので
今日は1日中本を読み続けました
鍼道秘訣集
夢分流と呼ばれる腹診や
お腹に対する打鍼術について
書かれてある本です
忙しすぎると
やりたいこと、なはずなのに
やらないといけないこと、になってしまったりするから
ゆとりって大事だなぁとしみじみ思います
明日からは
腹診と打鍼の練習をがんばろうっと
ここのところ
ツボを診るときの意識を
すこし変えてみています
もともと人はいろんな情報を発していて
それをキャッチする網によって
見えてくるものがちがうと仮定
わたしの見える世界が狭いのは
網目が粗いからかなぁと思ったり
意識が及んでいないからかなぁと思ったり
試行錯誤の日々です
どうしても見よう見ようとしてしまい
ベクトルが私から相手になってしまいがちで
それでは見えるものも見えなくなるので
意識のベクトルを
すこし引き気味にしています
感覚って
目ではかれるものではないから
曖昧なそれを信じることがなかなかできなくて
苦手意識があるけれど
すこしずつ積み重ねていくことで
確信につなげていければいいなぁ
見えないものの方が大切だと
常々思っているのに
自分の感覚を簡単には信じてあげられず
盾と矛な私
自分のモノサシ作り
がんばります
"邪"(よこしま)な "気"
と書いて
邪気と読む
わたしの体に邪気はある?
気の停滞は確かにある
そしてそれを邪気と呼ぶ
でも、邪気=悪者ではない
気の停滞が起こったのは
私の心と体を支えるため
悪者のはずがない
今までがんばって私を支えてくれて
ありがとう
たくさんのSOS
無視してごめんなさい
気づいたから
もう大丈夫だよ
停滞を解いて大丈夫
ありがとう